東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4060号 決定 1953年4月10日
申請人 小久保栄三郎 外二名
被申請人 国
主文
申請人等の申請はいずれも却下する。
申請費用は申請人等の負担とする。
理由
申請の趣旨
被申請人が昭和二十七年七月二十五日申請人小久保栄三郎に対して、同年八月二十三日申請人山口孝に対してした各解雇の意思表示の効力を停止する。
被申請人は申請人小久保に対し昭和二十七年七月二十五日から本案判決のあるまで一ケ月につき金壱万四千四円を申請人山口に対し同年八月二十三日から本案判決のあるまで一ケ月につき金二万六千九百七十円を支払え。
当裁判所の判断
第一、申請人小久保栄三郎及び同山口孝はいずれも横須賀米海軍基地における駐留軍労務者として被申請人国に雇われ、小久保は同基地消防隊の消防夫、山口は同基地兵器部弾薬庫の爆薬取扱工として勤めていたものであり、申請人組合は同基地に勤務する駐留軍労務者を以て組織する労働組合であつて、小久保も山口もその組合員であつたこと、国が昭和二十七年七月二十五日小久保に対し、また同年八月二十三日山口に対しそれぞれ解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争がない。
第二、申請人組合の当事者適格。
申請人組合は、組合員である小久保と山口とに対する解雇無効確認の本訴を前提として、本件仮処分の申請をしていることは、申請人組合の主張自体によつて明かである。然し解雇無効確認請求は被解雇者個人の雇用契約の存否に関するもので、雇傭契約を結び、あるいはこれを終了させるのは、専ら雇傭契約の当事者である被解雇者個人の自由に委せられているところであつて、現行法制上組合が当然組合員のこの権利を行使し或いは被解雇者と共同行使することが許されているものとは考えられないから、組合は組合員の確認訴訟を遂行する権能をも有しない、また、申請人組合は組合の団結の目的を達成するために、組合員である申請人小久保、山口に対する解雇の効力の確定を求める法律上の利益があると主張するが組合はかような訴訟によつて判決を得ても、結局被解雇者本人に右判決の効力を及ぼし得ないのであるから、組合は右確認訴訟につき訴の利益を有するとはいえない、従つてこのような本訴を前提とする仮処分申請においては、組合の当事者適格ないし申請の利益を認めることができないから(当裁判所昭和二七年(ヨ)第四〇四四号昭和二七年一二月一日決定参照)申請人組合の本件仮処分申請は、他の点についての判断をまたず却下を免れない。そこで次に申請人小久保山口の仮処分申請について判断する。
第三、解雇には組合との協議が必要か。
申請人らは、労働協約第十五条には「次の各号については協議会で協議決定しなければならない」とし、その第五号に「雇入、解雇に関する事項」と規定されている。従つて解雇については協議会で協議決定しなければならないにかゝわらず、本件解雇については、協議会の協議を経ていないから、解雇は無効であると主張し、労働協約に申請人らの主張のような条項があり、解雇につき協議会の協議を経なかつたことは、当事者間に争がない。
しかし(一)右の条項には「雇入、解雇に関する事項」とあるだけでこれをもつて直ちに個々の解雇そのものについてまで協議会の協議決定をしなければならない趣旨とは解し難く、また解雇を雇入と並べて書かれているが、個々の雇入についてまで協議会の協議決定を経なければならない趣旨でないことは申請人らも争わないところからみても、ひとり個々の解雇については協議会の協議決定を経なければならない趣旨であるとも当然には解されない。(二)後に詳しく説明するように駐留軍労務関係は一般の雇傭関係と異る特殊性を有する点に鑑み、国の解雇権を制限して解雇の具体的決定までも、これを渉外労務管理事務所の協議会の協議に委せたものとは考えられない。(三)説明によれば最初に協約が締結された直後、当時の協約締結当事者であつた特別調達庁が関係下部機関に協約の解釈運用方針を示した通牒を発し、組合側へも送付されたのであるが、右通牒には右協約第十五条の趣旨は、基準を協議決定することを規定したもので、個々の労務者の給与その他の具体的な取扱は、特別調達庁で決定する主旨のものである旨記載されており、この通牒は労働組合の確認を経たものとして発せられたのであつて、その後においても、組合からこれに異議または抗議のあつたことがなく、また本件解雇の前において行われた従来の個々の解雇において労働協議会の協議が行われず、組合側もその都度協議を要求したり協議の行われないことに抗議したりしたことのないことが認められる。(尤も横須賀労務管理事務所と申請人組合との間に基地補給部の集団解雇や港湾統制部の集団解雇について協議が行われたことが説明されるのであるが、いずれも本件提訴後のことであり、然も本件と異り集団解雇の場合の解雇方法について協議したのであるから、この事例は本件解雇前の個々の解雇において協議があつたかどうかについては関わりのないことである。)以上の諸点を綜合してみると、協約第十五条第五号の規定は、解雇の一般基準などを定める場合に、労務管理事務所の協議会の協議決定を経ることを規定したものであつて、個々の解雇の具体的取扱についてまで、その協議決定に委ねたものと解することは無理な解釈といわねばならない。従つて本件解雇について横須賀労務管理事務所と申請人組合との間に協議が行われなかつたことは、本件解雇を無効ならしめるものではない。
第四、本件解雇は解雇権の濫用か。
申請人らは、本件解雇は正当な事由なく為されたものであつて、無効である。仮りにそうでないとしても次の理由により少くとも解雇権の濫用であつて無効であると主張する、即ち国は本件解雇の理由として「駐留軍の都合」によるものとする。しかし駐留軍が軍の都合を理由に申請人等の解雇を国に対して要求しても、国は雇傭主として「軍の都合」の具体的事由を調査検討し、自主的判断の結果その事由の存在を判定し得たときに、はじめて解雇すべきであるに拘らず、駐留軍から軍の都合を理由に解雇要求を受けて、その事由を調査検討することなく、解雇したのは不当である。日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十二条第五項に「……別に相互に合意される場合を除く外、賃金及び諸手当に関する条件のような雇傭及び労働の条件労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」と明定されていて、しかも「別に相互に合意」された場合が現存していない以上は、駐留軍労務者である申請人らは専ら国内労働法令によつて労働者としての権利を保護せられるべく、解雇について解雇理由に関する法的評価を国内一般労働者の場合と別異に扱い、その結果申請人らを国内労働法令の保護の外に放置することは許されないところである。従つて具体的事由の存否を調査検討せずして、単に「駐留軍の都合」によるという理由だけで解雇したのは、解雇権の濫用で無効であると主張する。
そこで先ず申請人らと国との雇傭契約の性質について考えてみよう。疏明によれば、申請人らの雇用関係は行政協定第十二条第二、第四号の規定並びに米国政府と、日本政府機関たる調達庁との間に締結された「日本人及びその他の日本在住者の役務に関する基本契約」に基くいわゆる間接雇用である。即ち国は駐留軍に対しその要求する労務を提供する義務を負い、その義務の履行として労務者を雇用するのであるが、その事務を行う政府機関は特別調達庁であつて、地方では渉外労務管理事務所が実際にこれに当り駐留軍が労務を必要とするときは、各基地部隊の労務士官から労務提供要求が渉外労務管理事務所に為され、労務管理事務所は、直ちに職業安定所に右要求に応ずる求人の申込をし、安定所から紹介された労務者を技能などの点について考査した結果適当と認めた者を軍にあつせんし、軍が所轄警察署などを通じて身元を調査した結果雇入を承認した場合に始めて国が雇入れ、労働者はその基地内に立入ることが許されるのであつて、国が法律上雇主であるけれども、その雇用は駐留軍に労務を提供するためであつて事実上自らその労務者を使用するものではなく、使用主は駐留軍であり、労務者は専ら駐留軍の指揮、監督、管理を受けて駐留軍労務に服し、それによつて国に対する被雇用者としての法律上の義務を果すものである。駐留軍は労務者に対し直接には国内私法上の雇用契約関係をもたず、その指揮、監督、管理権も国内私法上の労働契約に基く権利ではなく、基本契約第七条の規定に基き労務の使用主として国に対する関係で確保しているものであり、労務者は労務が駐留軍労務であり、駐留軍の指揮監督管理に服する前提の下に国との間に雇用契約を結んでいるのである。従つて解雇についても使用主である駐留軍の申出により国が雇用主として解雇権を行使するものであることが認められる。ところが行政協定はその第十二条第五項で「……別に相互に合意される場合を除く外、賃金及び諸手当に関する条件のような雇用及び労働の条件、労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」と定め、労務者の解雇について「別に相互に合意された場合」は現在までにまだ存在しないのであるから、駐留軍は駐留軍労務者の保護のために条件並びに労働関係に関する労務者の権利については国内法令の定めるところによるべき義務を負い、従つて駐留軍労務者の解雇についても国内法によるものと解せられる。
そこで次に進んで本件解雇がどのようないきさつのもとに為されたかを考えてみよう。疏明によると、申請人小久保は昭和二十七年七月二十三日出勤の際基地への入門を拒否されたので、申請人組合の組合書記長と共に横須賀渉外労務管理事務所長竹原武一に事情を訴えた。同所長は当時の横須賀米海軍基地の労務担当士官代理ユーイング中尉に事由を質したところ、軍の解雇通知書が出されていることが判明したが、右通知書について見ると解雇理由として(1)基地調査部(B・I・O・)の指示による。(2)軍の都合による。旨の記載があり、なお「この者は再雇用しない」と附記してあつた。所長が具体的事実の説明を求めたのに対し、同中尉は関係資料は軍の情報部即ち基地調査部にある、労務担当士官には何の連絡もないからとその説明をしなかつた。所長は基地調査部の指示によるという解雇理由は駐留軍の保安上危険の意味であるから、本人の将来の就職の途を奪うことを慮り、この理由は通知書の記載面から抹消して「軍の都合による」のみにされたいと申入れ同中尉の同意を得た。然し所長は解雇そのものは結局やむを得ないと考え、同日附で横須賀労務管理事務所名義の解雇通知書を作成し、小久保に交付することにして公務出張したが、翌日組合書記長から解雇理由が明かでない以上受取るわけには行かないと労務管理事務所へ返された。その翌八月二十五日軍から同日附の解雇通知書が解雇理由を「軍の都合による」だけに改められ且つ「再雇用しない」旨の附記も削除されて労務管理事務所に届いたが、解雇の具体的な原因事実についてはやはり何の説明もないので、所長の出張不在中の処置につき委任を受けていた業務課長江川悦郎はユーイング中尉に対し原因事実の調査方を要求したところ、同中尉から「保安上の理由によるものである。軍は相当の根拠をもつている、然し発表はできない」と調査を拒否され、また「司令官の確信に基くものであり軍を信頼して貰いたい」とまで言われたので、同業務課長はもはやこれ以上はやむを得ないと考え、軍の解雇通知書の日附に合せて八月二十五日附で労務管理事務所の解雇通知書を作成し、軍の通知書と併せて申請人小久保に交付した。また申請人山口孝についても、同年八月二十三日軍の解雇通知書が出され、解雇理由としてはB・I・O・の指示による保安上の必要と、軍の都合によるものとされていたが、結局通知書の記載としては「軍の都合による」だけとすることに了解がつき、労務管理事務所も同日附で「軍の都合により解雇する」旨の通知書を作成し、申請人山口に交付したこと、通知書には伏せられた保安上の理由について具体的事実の説明を軍に求めたが、その説明は遂に得られなかつたこと、なお申請人小久保の解雇後七月二十八日に神奈川県渉外事務局長及び横須賀労務管理事務所長が同道の上横須賀米海軍基地司令部において参謀次長カーター大佐に面会を求め、解雇理由の具体的原因事実の説明を要請したところ「保安上の理由であつて、内容は軍の機密事項に属し語れない」旨答えられたことが認められるのであつて、約一ケ月後に行われた申請人山口の解雇要求に際しても、保安上の理由に関する限り駐留軍に調査を要求し釈明を求めるに由ない事態であつたことも推認するに難くない。また横須賀海軍基地司令官発横須賀労務管理事務所長宛「小久保栄三郎及び山口孝解雇の理由に関する件」という主題の一九五二年十月七日附文書によれば、解雇の特別理由として、「海軍の保安に対し危険と思考された」「出所は極秘に付すべき情報の存することにより雇用を継続することが不可能」との記載があることによつても、駐留軍当局の軍としての一貫した根本的態度を窺うに足りるのである。
思うに本件解雇は、前記行政協定第十二条第五項により、日本の法令で定めるところによらねばならないものと解せられるが、日本の法令によるも、解雇には正当な理由を要するものと解すべき法令上の根拠に乏しく、解雇権の濫用が許されないものと解するのが相当である、しかも解雇権の濫用となるかどうかの基準は労働契約の性質によつて異り、これを一率に論ずることができない。高度の信頼関係を必要とする雇用関係にあつては、高度の信頼関係の存続することを必要とし、その信頼関係の存続が疑われるような事由がある場合には、必ずしもその事実の存在が客観的に証明されなくとも、解雇することも亦やむを得ない場合もある。申請人小久保は米軍基地における消防隊の雇用者であり、申請人山口は基地の弾薬庫の雇用者で、いずれも切迫せる情勢下における米軍の基地の重要な任務に当つているものであつて、米軍としては、これに対して高度の信頼関係を要求することは、無理からぬことである。軍が「保安上の理由」と称してその理由を明示しなかつたとしても、軍隊において「機密保持」の要請の存在することも否定できないのであつて、わが国が日米安全保障条約や行政協定に基き、米国軍隊がわが国で軍事基地を有することを認めている以上「機密保持」の権利は、軍事活動に必然に伴うものとして、わが国法上もこれを尊重しなければならないとし、またこのことを当然の前提として雇用関係を結んだ労務者は、その結果を忍受することもやむを得ないことである。たゞ米軍が「保安上の理由」に藉口して、不当に労働者の解雇を要求したと認めるべき特別の事情のある場合には格別であるが、本件の解雇に当つては、保安上の理由に藉口して不当な解雇をしたと認めるべき証拠がないばかりでなく、講和後も横須賀基地において解雇せられた例は相当あるが、保安を理由として解雇せられた例は殆んどなかつたこと、駐留軍は労働委員会の勧告により解雇の要求を撤回した例のあることも疏明せられておるに拘らず、本件については解雇事由の明示や、再調査の要求に対しても、終始これに応ぜず、解雇の方針を固持して譲らなかつたことは前に述べたとおりであるから、これらの点から考えて、たゞ「保安上の理由」に藉口して解雇を要求したものとは認め難い。なお米軍の基地管理権は行政協定によつて認められた強力な権能であり、米軍が労務者の基地立入をあくまで拒否する以上、国としては、米軍に対し労務者の基地への受入れを強制する方法もないのであるから、このような雇用形式をとつている限り、国としては米軍に労務を供給する目的で雇入れた労務者の雇用関係の存続の理由を失うことになる。
労務者管理事務所において前に述べたように軍に対し解雇理由の明示を再三求めても軍においてこれを拒否して、依然解雇の要求を撤回しない以上、国が労務者を解雇することは国と米軍または労務者との間に特段の取きめのない限り、やむを得ないことであつて、これを解雇権の濫用であるとはいえないことになる。従つて、進んで本件解雇が「日本人及びその他の日本在住者の役務に対する基本契約」第七条(米軍契約担当官において契約者である国の供給したある人物を引き続き雇用することが米軍政府の利益に反すると考える場合にはその人物は即時職を免じ、その雇用は終止される旨の規定)に該当するかどうか、また右条項の講和後における効力その他について判断するまでもなく、本件解雇を無効とすることはできない。
よつて解雇の無効であることを前提とする申請人らの仮処分申請は、その余の点を判断するまでもなく、失当であるとして却下すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 千種達夫 立岡安正 田辺公二)